4月といえば、進級あるいは入学式。
何か新しいことが始まる月。
気分もすがすがしく、その月の初めを迎えた日。
少女は1人部屋に閉じこもっていた。
シーズンノベル・第一弾・エイプリルフール
「偽りの兄弟」
プリペアスト組織本部、3階。
「血桜、有先輩が派遣指令が来たと…」
「嘘だ!そうやってみんなボクを騙すんでしょう!?」
「えぇっ!?」
毎度お馴染みな、暴走少女血桜と不幸の王子様ラファリスはドアを1枚挟んで叫び声を上げた。
明らかに怒っているような、半ば泣きそうな血桜の声を聞いてラファリスはため息をついた。
「血桜、まだ怒っているのですか?だから何回も謝ったでしょうに…」
「知らない!ラファリスなんて派遣に行ったら紫の髪の子達に遭遇してやられちゃえばいいんだ!」
「何ですかその微妙な設定は…」
謝っても謝っても血桜は部屋から出てこようとしない。
血桜がこんなにも怒っているのには理由があった。
4月1日AM7:00 朝の集会前・集会所にて
「お早う、血桜君。今日も元気そうですね。」
「おはようございます、ジェム先輩!」
「あぁ、今日は派遣部は休みみたいですね。羨ましいです。」
「え、そうだったんですか!?昨日有先輩何も言ってなかった…。」
「そうでしょうね。だって嘘ですから。」
「!?」
「今日はエイプリルフールですよ。嘘にはご用心ですよ、血桜君?」
「あ、そっか…今日は4月1日…」
4月1日AM8:35 朝食前・食堂にて
「あ、おはようございます血桜さん!」
「ルピ君お早う〜。ラファ遅いなぁ…隣座ってもいい?」
「どうぞ〜。今日ってエイプリルフールですね。僕、もう3回も騙されちゃいましたよ」
「ボクもジェム先輩に騙された〜。」
「うっそです♪まだ騙されてないです〜。」
「うっ…やられたぁ…」
4月1日AM9:25 缶ジュース購入後・屋上にて
「お早う、血桜たん!」
「有先輩おはようござい〜っ!今日は起きるの早いんですね!」
「ん?まぁね。眠れなかったから。」
「えぇっ!…いっつも寝すぎだから眠れなくなったのでは?」
「……嘘でーす。」
「何ですか今の間!スルー!?…ってかまた騙された!」
そして同日の正午、昼食中にラファリスに止めを刺されるようにまた騙されて今に至る。
まさか自分が止めを刺したとは知らないラファリスは
何故騙されただけなのにここまで怒るのだろうと思いつつ頭を下げていた。
しかし一向に血桜の機嫌はよくならない。
午後はヘルセバで暴れているモンスターの捕獲をしに行く戦闘部隊の手伝いをしなくてはいけないのに…。
「ラファの馬鹿。どっかいっちゃえ。」
相変わらず血桜はドアの向こう側でラファリスに向かって刺々しい言葉を呻くように呟く。
一応、私はあなたの上司なのですが…
微妙に傷つきながらも血桜が動きそうにないのでラファリスはドアにかけていた手を外した。
「わかりました…私1人で行ってきます。帰りに何か買ってきますから、機嫌直してくださいね?」
少し落ち込んだ口調で言うと、ラファリスは足早にその場を立ち去った。
「あ、ラファ…!」
血桜が小さく出した声は、閉ざされたドアと立ち去るラファリスの足音で掻き消された。
ヘルセバで暴れていたモンスターは、見事戦闘部員の活躍によって捕獲された。
帰りに甘いものでも買っていけば血桜は機嫌を直してくれるだろう。彼女は甘いものには目がないのだから。
ぼんやりと考えていたラファリスの思考は、隣にいた有の携帯の着信音でフッと消えた。
「もしもし?…あ、今終わったけど。……ん?」
有の表情が変わっていくのがわかる。それも明るい表情から深刻そうな表情に。…何か嫌な予感がする。
そしてラファリスの予感通り、有は振り向いて…ラファリスに向かって自分の携帯を差し出した。
「いずさんから。ラファに言いたいことがあるみたいだよ。」
ゆっくりと、有から携帯を受け取る。
「…代わりました。」
『はーい、いずむさんです☆部下を泣かせる悪い子は後でランニングさせちゃうぞー。以上。』
「え、あ…」
わずか数秒。ラファリスが答える間をあたえず、携帯は切れた。
「……。」
呆然とするラファリスを何か機嫌を伺うように有が覗き込んだ。
有と目が合い、ハッとしてラファリスは慌ててお礼を言いながら携帯を返す。
(あ、携帯催促したわけじゃないんだけど…)
心の中で苦笑しながら有は軽く笑ってラファリスに向かって手を上げた。
「早く、仲直りしろよ?」
ちなみに彼も、自分が血桜が落ち込んでいる原因の一つになっていることは欠片も知らなかったりする。
『部下を泣かせる悪い子は…』
(…血桜、泣いてるんだ)
自分に気を使ってくれたのであろう。
先に組織本部への道を歩き出した有の背中を見ながらラファリスはぼんやりと考えた。
ちょっとやそっとのことじゃ泣かない血桜が泣くなんて…
でも何故?
騙されたことがそんなに悔しかった…?
ラファリスは立ち止まった。
歩くのが遅かったのだろう。他の組織員はもう見えなくなっていた。
風が、砂を舞い上げてラファルの服を叩いていく。
砂に薄く、初めて出会ったときの血桜が滲んで映って、風に流されて消えた。
そうだ…自分は弟を失い、血桜は親を失った。
だから今まで、ずっとお互いを弟と親の代わりにして生きてきた。
『例え本物の代わりにはなることはできなくても、1人でいるよりずっと強くなれるよね』
血桜は、そう笑っていた。
血桜は、本当に私にどこかへ行ってほしいわけじゃなかったのかもしれない…
やっと気づいたのに、彼女とはもうこんなに離れていて
やっと気づいたのに、彼女はもう、泣いていて
あぁ、甘いものなんて…何を馬鹿げたことを考えていたんだろう私は。
ラファリスはワープレスに力を注いで組織本部のあるルデースの森の奥まで飛んだ。
そして走る。全力で、例え本物ではなくても大切な自分の弟の元へ
「血桜…!!」
「…おおっ、ラファおっかえり〜!」
「……は?」
思いっきり開けたドアの向こうにいたのは、どうしたことか満面の笑みで桜餅を食べる血桜と
これまた楽しそうに紅茶を注ぐいずむ。
泣いていた形跡なんて一つもない、晴れ渡った笑顔で血桜は笑った。
「心配した?ラファ、ボクのこと心配した?」
ラファリスはとりあえず乱れた呼吸を整えながら周りの状況を把握しようと目を見開く。
そんなラファリスに紅茶を持ったまま、いずむが楽しそうに人差し指を立てて一言。
「ラファたん、今日は何の日だっ?」
「……え、ちょ…待ってくださ…」
「わーい!!ラファ騙されたーっ!!」
バンザイをしてはしゃぐ血桜といずむ。
ラファリスはへなへなとその場にひざまずいた。…どうやら自分はこの2人に騙されたらしい。
「騙された人から騙した人への大逆襲!1人目大成功だねいずむ先輩!」
「この調子で、私たち騙した人全員騙し返しちゃおう!」
脱力感で声も出ない。
何のために私はあそこまで悩んだのだろう?
「ボクを騙すからこんなことになるんだよラッファ〜♪」
例え本物ではなくても大切な自分の弟…
ある時はいとおしく、ある時は憎らしい、厄介な存在。
「ち〜ざ〜く〜らぁー!!!」
「きゃー!!ラファが怒った!逃げよう、いずむ先輩っ!」
「次のターゲットは有さんね〜☆」
「はーい♪」
どたどたと部屋を出て行く血桜といずむ。
気づけばラファリスは一人、血桜の部屋に取り残されていた。
ふらふらと立ち上がり、自分の部屋へと歩みを進める。
確かに自分が血桜を騙した時は楽しかったのだが、騙されるのがこうもモヤモヤするなんて…
負けず嫌いの血桜なら、仕返ししてくるのは間違いないのに。
何故それに気づかなかったのかと今更ながら嘆いた。後の祭りだったが。
来年からは血桜を騙すのはやめようと硬く胸に誓うラファリスであった。