「七夕…だね。最近雨だったのに良く晴れたものだよ。」
いつになくシリアスな口調で呟くのはペックで
「んだな…星が、綺麗だな。最高だなぁ…。」
それに明日雨が降るのではないだろうかと思わせるほど同じくシリアスな口調で返すのはファゼオ。
そう、今日は7月7日。七夕の日だ。
あたりはすっかり暗くなり、運が良いことに今日は澄み渡った空に星が輝いていた。
まさに最高のコンディションである。
そう…
「ふふ、女性陣がいないのを除けば、ね…。」
「おうともさ…くそぅ、愛しのハニー達…。」
女性陣がいないのを除けば最高のコンディションなのである。
シーズンノベル・第二弾・七夕
「星に願いを、僕らに夢を」
「あーあーあー!!くっそう!何で今日に限ってハニー達ってば出かけちゃうワケ!?
どう言うワケ!?ねぇ、グレゴリー!!」
「あーもー、うるさいなぁ!ダタでさえむさ苦しいんだからやめてくれ!」
ガックガックとペックの胸倉を掴んで揺さぶるファゼオをペックは軽く叩いた。
女性陣がいない。つまり、今ここにいるのはペックとファゼオ、男性陣オンリーなのだ。
うむ、なんともむさ苦しいスターフェスティバル…。
「それに”今日に限って”って…”今日だから”出かけるんでしょうが。まったく…。
まぁコフィンは別として、だが。」
叩かれた頭を抑えて大げさに唸るファゼオを尻目に、ペックは今日何回目かもわからないため息をついた。
どうして女性陣がいないのかをご説明しよう。
それは数時間前…。
『グーリちゃぁぁぁん!今日は棚ボタだね!』
『七夕、でしょ、ファゼ様。もー、ファゼ様ってば面白いー♪』
まるで犬のように飛びついてくるファゼオをサッとかわしながらグリジアが微笑む。
『わははー!今日は晴れてるし、星を見るにはバッチリだな!』
避けられることは日常茶飯事なのでファゼオは気にしていないようだ。
『うん、ワクワクだよ〜。…ってなことで、行ってきマース♪』
と、突然リュックを背負い、家を出ようとするグリジア。
『ぬーん?今夜のお団子の材料なら俺が買ってきますぜ?』
『んーん、違う違う。っちゅーかお団子はお月見だよファゼ様。』
首を傾げるファゼオにグリジアは首を振ってニッコリと笑う。
『今夜はね、ニモカちゃんとマジリタ行って笹流しするんよ〜。んじゃね、ファゼ様ー☆』
『えぇー!!』
聞いてないよ!とでも言いたげなファゼオの叫び声も笑みでサラッと流すところらへん、
扱いに慣れてるという感じだ。
そのままグリジアは家を出て行ってしまったのである。
勿論グリジアがニモカと笹流ししに行く、何てことは誰も聞いていない。
本人はすっかり言ったつもりでいるのだが…これもまた、いつものことだ。
『笹流し…まぁ、私も行ってくる。』
一瞬何かを考えた後、後を追うようにコフィンも愛用の弓を持って出口へ向かう。
グリジアが出て行ったショックで倒れていたファゼオが
まるで電撃でも浴びたかのように勢い良く起き上がった。
『ちょ、待ってよコフィ様ぁー!え?コフィ様まで笹流し…?』
オロオロとコフィンにすがりつくファゼオをコフィンは一蹴り。そして一言。
『違う。狩り。』
『七夕に狩り!?そんなバナナ!ガッデーム!』
蹴られたわき腹を押さえつつ何やら叫ぶファゼオを無視して、コフィンも家を出て行ってしまった。
「まぁ、そんな訳で。七夕に狩りとは…なんともコフィンらしいというかなんというかー…。」
ペックは遠い目で綺麗に輝く星を見やった。
この天の川の向こう側で、織姫とやらと彦星とやらは二人でいちゃいちゃとでもしているのだろうか。
「つぅかさ、ペックも引き止めてくれたっていいじゃんかよ。
少なくとも俺よりは引き止めれる確率はあっただろうに。」
無駄だとわかっていてもすがりつくのがファゼオ。
「え?無理無理。それにグリコはお師匠様…いや、ニモカさんと約束してるんだから
引止められないでしょうに。」
無理だとわかったら諦めるのがペックだ。
口を尖らせるファゼオに、ペックは苦笑しながら金平糖を差し出した。
確かこれは…3月のホワイトデーイベントの…
「これ…腐ってねぇ?」
言いつつも食べているファゼオ。
「うーん…まぁ食えるなら大丈夫でしょ。それに金平糖と七夕って何かマッチしとるだろ〜。」
ケラケラと笑いながら、自分は食べないペック。
そしてついでに一言。
「あ、言っておくけどそれね、今年の3月の金平糖じゃないよ。去年の3月の。」
「ぶぇっ!!?」
ロマンの欠片もありゃしない。…まぁ華がいなければ無理もないか。
「七夕、ねぇ…」
言いながら、ファゼオはベランダの片端に立てかけてある笹を見た。
既に飾りつけはしてあり、ご丁寧に短冊まで用意されている。
「…準備してたのに、残念だな。」
ふい、と視線を前に戻す。
静かに揺れる砂、南国系の木、オアシスの水…。
「あれ?気づかれてたんか。ばれてないと思ってたのに。」
なんとも、七夕とはかけ離れている景色。
笹は見ずに、あひゃひゃ、と奇妙な声でペックは笑った。
朝、ペックがコッソリと準備しているのをファゼオが偶然見かけてしまったのだ。
何となく、見て見ぬフリをしたのだが。
「うん…ちょっと、残念かな。」
急に笑うのを止め、音量を下げて、ペックが呟いた。
そんなペックの横顔を見て、ファゼオは一瞬呆気に取られ、そしてニヤニヤと笑いながらペックの背を叩いた。
「わっはっは、やけに素直じゃねぇの。大丈夫、俺様がいるぜっ!」
「…うーん、ファゼ夫といるくらいならオレもスラ兄やんのところにでも行くべきだったなー。」
「えぇー!!酷!!」
ベランダの手すりにまるで干された布団のように垂れ下がるファゼオに冗談だよ、と笑いながら、ペックは立てかけていた笹を掴んだ。
「さて、これも処分しないと…」
「ああぁあ!?待て、早まるな!!」
両手でいきなり笹を折ろうとするペックを慌ててファゼオが止める。
何?と首を傾げるペックにファゼオはテーブルの端においてあった短冊とペンを持ってペックの前に突き出し、
そしてニカッと笑った。
「短冊、折角だから、書こうぜ?」
「短冊一杯あるから一杯書いていいかー?」
「欲張りだなぁ、ファゼ夫。まぁいいけど。」
「グレゴリー・ペックさん、何て書いた?」
「ん?『早くゴッド装備になれますように』って書いた。ってかグレゴリーいらないから。」
「ふぅん。面白くねぇな。」
「短冊って面白いものじゃないだろ!…そういうファゼ夫は?」
「そりゃあ勿論『世界中のハニーが俺様の虜にな…
バチコン!!
「いってぇー!!」
「少しは少しはまともなの書けよ、まったく…
あぁ!?『俺様最高☆』って既に願いじゃないし!短冊の無駄!」
「いいじゃん!捨てようとしてたんだからー!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の声は、その後もしばらく続いていった。
しばらくして出来上がったのは男二人の夢を乗せた、なんともむさい笹。
ベランダの一番空が良く見えるところに結わえ付けて、
今頃いちゃいちゃしているであろう、織姫と彦星に二人で無意味な野次を飛ばして。
たまには男二人で騒ぐのも楽しいかもしれない、なんて思ったことは
お互いに、秘密にして…
ねぇ、織姫様、彦星様
本当はあなたたちは存在しないけど、そんな幻に願いをかけるおれたちだけど
それでも、一つだけ願わせてよ
『今、おれの隣にいる人と、来年も笑い合っていますように』